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東京地方裁判所 平成9年(ワ)5202号 判決 1997年8月20日

原告

税所喜久子

右訴訟代理人弁護士

坂本建之助

坂本行弘

遠藤曜子

被告

小川洋史

被告

小川義信

被告

有限会社メディカル・フォー・ステーション

右代表者代表取締役

小川洋史

被告

朝日敬司

右四名訴訟代理人弁護士

永盛敦郎

滝沢香

主文

一  被告小川洋史、被告小川義信、被告有限会社メディカル・フォー・ステーション及び被告朝日敬司が、税所弘に対する東京地方裁判所平八年(ヨ)第五四二七号不動産仮差押命令の正本に基づき、平成八年一〇月一八日、別紙物件目録一の一ないし四の物件についてした仮差押は、いずれも許さない。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  税所厚(以下「厚」という。)は、別紙物件目録二の一ないし四(以下「本件不動産」という。)を所有していた。

2  厚は、平成五年三月六日、本件不動産に対する権利一切を、原告に相続させる旨の自筆証書遺言(以下「本件遺言一」という。)をし、平成六年七月一日、本件遺言一に加え、その他一切の財産を、原告に相続させる旨の自筆証書遺言(以下「本件遺言二」という。)をした。

3  厚は、平成八年七月一六日、死亡した。

4  被告小川洋史、被告小川義信、被告有限会社メディカル・フォー・ステーション及び被告朝日敬司は、平成八年一〇月一八日、厚の子すなわち相続人である税所弘に対する東京地方裁判所平成八年(ヨ)第五四二七号不動産仮差押命令の正本に基づいて、本件不動産について同人に代位して相続を原因として共同相続の登記をした上で、同人の持分である別紙物件目録一の一ないし四の各持分(以下「本件持分」という。)に対し、本件不動産仮差押執行をした。

5  よって、原告は、本件遺言一及び二によって取得した本件持分に対する所有権に基づき、被告らが本件持分についてなした仮差押執行の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因記載1の事実は、認める。

2  同2の事実は、知らない。

3  同3及び4の事実は、認める。

三  抗弁(対抗要件)

1  原告は、厚の妻である(よって、本件遺言一は、厚の相続人に対し特定の財産を取得させる内容を有する。)。

2  本件遺言一は、本件不動産について遺産分割方法を指定したものであるから(最判平成三年四月一九日民集四五巻四号四七七頁参照)、原告が本件不動産について法定相続分を超える部分である本件持分についてその所有権を被告らに主張するには、対抗要件を必要とする(最判昭四六年一月二六日民集二五巻一号九〇頁参照)。

3  被告らは、原告が本件持分について所有権移転登記を具備するまでは、その所有権を認めない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

本件遺言二は、「その他一切の財産を」原告に相続させるとしているのであることからして、本件遺言一及び二に定められた内容は一体として包括遺贈であると解すべきでる。

仮に本件遺言一を特定遺贈と解し、あるいはまた、遺産分割方法の指定と解したとしても、原告は、厚の死亡と同時に、遺産共有状態を経ることなく直ちに本件不動産を含む一切の遺産を取得したものというべきであり、その効果は、相続によるものとして絶対的なものであるから、原告は、対抗要件の有無を問わず、何人に対しても本件持分の所有権を対抗し得るものと解されるべきである。

五  再抗弁(対抗要件不要の主張)

1  本件遺言二には、遺言執行者として原告を指定する旨定められている。

2  厚の相続人である税所弘は、遺言執行者による遺言の執行を妨げる行為をすることができないのであるから(民法一〇一三条)、本件持分について自ら法定相続分に相当する所有権移転登記手続をすることはできず、したがって、被告らが代位登記手続をすることもできない。その結果、原告は、本件持分について登記を経由していなくとも、その所有権を第三者である被告らに対抗し得る。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は知らない。

2  同2の主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の各記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2の事実については、成立に争いのない甲第一号証の三、第二号証の二及び三、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一及び二、第二号証の一から、これを認めることができる。

3  同3及び4の各事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同3の事実は、当裁判所に顕著である。

三  再抗弁について

再抗弁1の事実については、前記のとおり真正に成立したものと認められる甲第二号証の一から、これを認めることができる。

四  法律上の争点(抗弁2及び再抗弁2)及びこれに対する判断

1(一)  被告らの主張の根幹は、原告が法定相続分を越えた本件持分について所有権を主張するには対抗要件を要するという点にあるが、この点について判断するに当たっては、(1)厚のなした「相続させる」旨の本件遺言一及び二が、遺産分割方法の指定を意味するのか、遺贈(包括遺贈又は特定遺贈)を意味するのか、また、この点を判断する前提として、(2)本件遺言一及び二は一体的なもので、遺産全体についてなされた遺言なのか、それとも本件遺言一及び二は一体的なものではなく、本件遺言一は、本件不動産という特定の遺産についてなされた遺言なのかといった点について、検討を要する。

(二)  請求原因2前段のとおり、厚は、平成五年三月六日、本件不動産に対する権利(甲第一号証の一によれば、本件不動産の外、鹿児島県所在の不動産も対象となっている。)を原告に相続させる旨の自筆証書遺言(本件遺言一)をしているわけであるが、この時点における厚の意思は、原告が厚の推定相続人であって、本件遺言一がなくとも本件不動産について共有持分を当然に取得する立場にあったのであるから、厚が本件遺言一をした意思は、厚が本件不動産に対して有する権利をすべて原告に単独で相続させようとすることにあったと考えられる以上(前記最判平成三年四月一九日民集四五巻四号四七七頁参照)、遺産分割の方法を意味するものと考えられる。

ところが、厚は、請求原因2後段のとおり、平成六年七月一日、本件遺言一に加え、その他一切の財産を、原告に相続させる旨の自筆証書遺言(本件遺言二)をしているのであって、本件遺言二は、その内容において、本件遺言一において原告に相続させる旨定められた以外の財産一切をも原告に相続させる旨定められている。

(三) 本件遺言二をした時点における厚の意思は、当然のことながら、自己の全財産を原告に単独で取得させることにあったわけであるが、甲第二号証の一によれば、本件遺言二には、「私が平せい五年三月六日したゆいごんに次のことを追加します。」と記載されていることが認められ、これによれば、厚は、本件遺言二をする時点で、本件遺言一で原告に相続させる旨指定された本件不動産を含む財産の帰属についても意識していたことは明らかである。したがって、本件遺言一は、その内容に照らすと、作成当時においてはそれ自体が遺産分割方法の指定を内容とする独立かつ完結した遺言として作成されたものであると解釈し得るものの、新たに本件遺言二が作成されたことにより、本件遺言一は内容的にはもはや独立かつ完結した遺言ではなくなったもので、本件遺言一及び二が併せられて一つの遺言内容を形成するものと解釈し得る。

(四) そこで、次に、本件遺言一及び二が併せられたことによって定まる遺言の内容が、依然として遺産分割方法の指定としての性質を有するものか、それとも、包括遺贈としての性質を有することになるのかを検討するに(特定遺贈は各遺言の内容からしてもはや考慮の余地がない。)、甲第二号証の一によれば、本件遺言二には、「一ゆいごん執行者としては、つまきくこを指定します。」と記載されており、遺言執行者を指定している以上、本件遺言二が遺産分割方法の指定を定めているものではなく、遺贈を定めていることは明らかであり、その結果、本件遺言一及び二が併せられたことによって定まる遺言の内容も、遺贈と解すべきことになる。

(五) 以上の点を総合すれば、厚の意思は、前記のとおり本件遺言一をした時点では本件不動産等について遺産分割方法を指定するというものではあったものの、本件遺言二の時点では、新たに遺言を追加することによって、自己の全財産を原告に包括遺贈する意思に変わったと認めるのが相当である(すなわち、本件遺言二が新たに作成されたことにより、本件遺言一は、それにより帰属が定められた不動産が原告の所有となる限りにおいて引き続き効力を有していることにはなるものの、本件遺言二によって、厚の財産については原告への包括遺贈の効果が生じることとなった結果、民法一〇二三条一項により、本件遺言一に基づく遺産分割方法の指定の効果に限っては失効することになる。)。

2(一)  そこで、原告は本件不動産を包括遺贈によって取得したことになるが、遺贈は、相続と異なり遺言者の意思による処分であること、第三者が遺贈の有無やその効力を確認することは相当困難であることに照らすと、その効果を第三者に対抗するには、原則として、対抗要件を具備する必要があると解すべきである。

(二)  ところが、本件の場合、再抗弁1のとおり、遺言執行者の指定がなされており、原告は、相続人が遺言執行者による遺言の執行の妨げとなる行為をすることができないことを理由に、本件持分について税所弘自ら法定相続分に相当する所有権移転登記手続をすることはできず、したがって、被告らが代位登記手続をすることもできない旨主張しているところ、確かに、相続人が遺言執行者による遺言の執行の妨げとなる行為をすることができないことは民法一〇一三条に定められているが、そもそも、相続人である税所弘が本件持分について自ら、または、税所弘の債権者である被告らが本件持分について税所弘を代位して、同人の法定相続分に相当する所有権移転登記手続をすることが、遺言の執行の妨げとなる行為に該当するかどうかについて、検討を要する。

包括遺贈の場合、包括受遺者は相続人と同一の立場に立つとされていることから(民法九九〇条)、包括受遺者は相続開始と同時に遺産に対する権利を取得するので、原則として、遺言執行者による執行の余地はないはずであるが、遺贈を原因とする権利の移転登記は、登記実務上、包括受遺者と遺言執行者との共同申請によるべきであるとされていることから、その範囲に限り遺言執行者による執行権限を認めざるを得ない。ならば、相続人が遺言執行者を差し置いて自己の法定相続分相当の持分につき権利移転登記手続をすることも、遺言執行者による執行の妨げとなる行為に該当するというべきである。

したがって、相続人の債権者が遺言執行者を差し置いて右相続人の法定相続分相当の持分につき権利移転登記手続をすることもまた同様であって、債権者が代位登記手続後に右持分に対してなした仮差押の執行も、許されないことになる。

(三) なお、本件の場合、包括受遺者である原告自身が遺言執行者に指定されており、したがって、遺贈を原因とする権利の移転登記は、原告が包括受遺者と遺言執行者の立場を兼任する形で申請することになり、その結果、遺言執行者による執行権限をわざわざ考慮する必要性に乏しく、これに抵触する行為の効果など考える必要がないとの意見も予想されるが、このような場合であっても、遺言者である厚が原告をあえて遺言執行者に指定した以上、その実益を生かすべきであって、遺言執行者である原告が登記手続をしないうちに税所弘が自ら、又は、同人の債権者が同人を代位して、本件持分について権利移転登記手続をすることは、民法一〇一三条に抵触するというべきである。

また、以上のような解釈をすることにより、第三者に不測の損害を被らせるおそれが生じる可能性があることは、正に被告らが主張するとおりであるが、仮に、受遺者が遺言書の検認手続を長期間にわたり放置し、その間に第三者が本件のような手続をするに至った場合には、権利の濫用等の法理によって第三者を救済すればよい(なお、本件の場合、原告が本件遺言一及び二について検認を受けたのは、平成八年一一月二九日であり、厚の死後四か月余しか経ていないのであるから、原告の本訴請求について権利の濫用を認める余地は全くない。)。

五  結語

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官柴﨑哲夫)

別紙物件目録<省略>

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